2013年7月26日金曜日

梅の花を詠(よ)んだ詩

八世紀、唐の詩人、王維(おうい)の詩の一つ。多才な人物で、詩がみごとだっただけではなく、画も書も巧みで、画家としては、山水(さんすい)画が得意で、南画(柔らかい筆遣いを積み重ねるようにして、淡彩や墨絵で描く画法による画)の祖といわれている。

日本人にもこの画は好まれ、池大雅[いけのたいが。江戸時代の画家]、与謝蕪村[江戸時代のユニークな俳人で、南画、俳画でも有名]らが、この画風に追随した。

この詩は、「雑詩(何ということもなく作った詩)」と題され、さして名高いものではないけれども、私の好きな漢詩の一つとして、ご紹介したい。


君自故郷来(きみ こきょうより きたる)

応知故郷事(まさに こきょうのことを しるべし)

来日綺窓前(きたるひ きそうのまえ)

寒梅著花末(かんばい はなをつけしやいなや)


《通釈》

あなたは、私のふるさとのほうからはるばるいらっしゃったのですから、
きっとなつかしい、わが故郷のたよりをおもちでしょう。
あなたが、ふるさとをお発(た)ちになった日、あなたの家の窓の前の
寒梅(かんばい)は、もう花を開きはじめていましたか、それともまだでしたか



 同郷の友がはるばるやってきたのだから、さぞかし聞きたいことが多いと思うのだが、まず寒中の梅のことを尋ねた詩人。

彼にとっては、故郷の想いは、まず梅の花の姿、香り、色とともにあったのだろう。綺窓は、あやのある美しい窓のこと。

後世の11世紀の北宋のこれまた大詩人で大画家、政治家としても要職を歴任し、波瀾の人生を送った蘇軾(そしょく。蘇東坡[そとうば]とも呼ばれる)は、「王維の詩をじっくり味わうと、詩のなかに画を感じ、またその画をよく見ると、画中に詩がある」と、エスプリの利いた批評をしている。

この詩は「五言絶句(ごごんぜっく)」の形式で読まれている。


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