2014年3月13日木曜日

蜂窩織炎(ほうかしきえん)の思い出と「セルライト」とについて〔コラム〕

蜂窩織炎(ほうかしきえん)の思い出と「セルライト」とについて
 
私が、アロマテラピー などというものに関心を寄せるようになる以前のことだ。
私は自宅の風呂場で転んで、左足の甲をしたたか打ってしまった。もちろん痛かった。
しかし、その痛みはほどなく鎮まり、内出血も大したことがなくてすみ、なに不自由なく歩けた。
 
ところが、数日して困ったことがおきた。打撲した左足の甲がプックリふくれあがってしまった。痛みはべつにない。でも、靴が履けなくなったのである。
私は会社勤めをしていたので、やむなくサンダル履きで出勤した。だが、左足の甲のふくれ(炎症など一切伴わなかったので、「腫脹」とはあえて呼ばずにおこう)はますますひどくなり、どうしても医者にみてもらわなくてはならないはめになった。なにしろ、左足の甲の上に大きなマンジュウを載せたようになってしまったのだから。
 
そこで、私は勤め先の会社に近い東京・御茶の水の順天堂医院に行って、診察してもらった。その順天堂医院の医師は「ああ、これは左足の筋肉組織に水がたまったんだな」と、こともなげに言って、注射器の針を、皮膚にアルコール消毒もしないままブッスリと刺しこみ、その水を抜いた。
 
だがしかしだ。私たちの皮膚には、体全体にわたって、連鎖球菌やブドウ球菌などの細菌が常在している。この細菌は、私たちが一度沐浴して石けんで体をていねいに洗い流せば、ほとんどすべて落ちてしまうが、12時間もすれば、またもとどおり増殖して体をおおいつくす。
この細菌どもは、人間の皮脂などを栄養にして生きていて、べつに私たちに悪さはしない。それどころか、私たちの皮膚のpHを健康な弱酸性に保ち、悪質な細菌の侵入から人体を守ってくれている。
 
でも、注射などを行う際には、この常在菌も体内に入れては危険だ。だから、まともな医師・看護師なら注射針を挿入するのに先立って、針の入る付近の皮膚をアルコールで消毒するのがふつうである。
 
ところが、この順天堂医院の医師は、こんな私などに消毒措置を講じるなんて、天に順(したが)う者にふさわしくないと思ったのだろう。そこで、皮膚の常在菌を足の甲の筋肉の非常に深い部分に埋めこんだのですよ。
 
この常在菌は「悪さはしない」とさっき言ったけれども、それは皮膚の表面であれば、ということで、それを足の結合組織の深部に入れられてはたまらない。常在菌は快適な環境を与えられ、どっと大繁殖する。
私は、すぐに左足全体が猛烈に腫れあがって痛みだし、悪寒(おかん)がしはじめ、高熱に襲われた。体が戦慄(せんりつ)した。
私は家の中でも立つことがまったくできなくなり、小便もシビンを使わなければならなかった。患部には膿瘍(のうよう)が形成された。すぐに、患部を切開して排膿する必要がある。ほうっておけば、敗血症をおこしかねない。
みなさん、これが英語でcellulitis(セリュライティス)、日本語で蜂窩織炎、あるいは蜂巣炎、蜂巣織炎などという症状なんですよ。これを、この順天堂医院の医師は、誰の目にも明々白々な医療過誤によっておこしたわけだ。
 
そこで、この医師は私に手術をせざるを得なかった。手術のあと、私は入院しなければならなくなった。でも、この順天堂医院は満床で、私などを入院させる余裕などないと、いけしゃあしゃあとその医師は言った。
そして、この順天堂医院の医師は恩着せがましく、「オレの知っている病院を紹介してやろう」とおっしゃった。
そして、東京のはずれの淋しいいなかの病院で、私は2週間近く入院するハメになった。松葉杖というものを生まれてはじめて使ってトイレに通わなければならなかった。痛くて痛くてつらかったね。
 
で、まあやっと退院する日が来て、もう一度順天堂医院に行った私は、私をこんな目にあわせた医師に再会した。
ところがだ。この医師、ひとことも私にあやまらない。入院料も手術代も薬代も、さあすぐ払えというのですよ。恐れ入ったね、このずうずうしさ。医者になるとこんな言行もきっと楽しくなってくるのだろう。
 
裁判に訴えても、とても私には勝ちめはない。原告側の証人となって、その医師の行為は明らかな医療過誤だと主張してくれる医師は、日本には一人もいないのだ。みんなスネにキズもつ身だからとしか思えませんよ、私には。医学的知識のない弁護士なんか、屁のツッパリにもならない。
私は泣く泣く医療費を払った(これが順天堂医院の創立者の医療理念なんだろう)。そして、せめて、保険会社に出す診断書を書いて下さいといったら、いやいやそうにその順天堂医院の医師は診断書だけは書いた。自分の過誤だなどとは一切記さない診断書だ。しかも、その診断書代もバッチリ取られましたよ。みなさん、医者になっておけば、何をしたって、もうかるのだから、医者ほどステキな商売はない。
 
それはともかく、このcellulitis(セリュライティス)という病名をよく見てほしい。cellulはラテン語で小室、房すなわち細胞の、ということで、また、”tis”という語尾は、ギリシャ語由来で「○○炎」の炎という意味である。
ところで、英国や米国などのエステ業界・健康食品業界でも、一時cellulitisなるコトバがはやった。
これは、中年女性の皮下脂肪組織に老廃物や水分が滞留した状態(とくに尻、太もも、腹部)だとされた。相撲取りの体の女性版と思えばよい。しかも、これは男性には絶対に出ない「症状」だという。
 
私も、英米のアロマテラピー書を訳しはじめた当初、ロバート・ティスランドの本も含めて、やたらにこのことばにぶつかって、「ヘンだなあ」と思った。この症状の発現には女性ホルモンがからんでいるとされていたからだ。だが、私はれっきとした男性だ。 
 
当然、英米の医学界からは「バカなことをいうな。それはcellulitisではない。ただのデブの美称じゃないか!」と猛反発がおこった。
サァ、エステ業界の連中は困りました。でも、どこの国にもアタマの良い、というか悪賢い奴らはいるものだ。このcellulitisは、フランス語ではcellulite(セリュリット)という。
米国のあるエステサロンのオーナーが、「そうだ。これでいこう!」と思いついた。このフランス語を借用して、これをセルライトなどという英語ともフランス語ともつかぬヘンチクリンな発音でごまかして読んで、この女性のホルモンがらみの脂肪太りを表現したのだ。
 
そう言われては、医師たちも苦々しく思いながらも、ホコを収めざるを得なかった。
フランスでは、この女性の太ももに出る「症状」をとくにculotte de cheval(キュロット・ドゥ・シュヴァル〔乗馬ズボン〕)と俗に表現している。
 
医学界では、これが果たして本当に医療を必要とする病的症状かどうか、いまだに決着していない。
エステ業界は、健康食品業界とならんで、怪しげな部分がある世界だ、とつくづく思わされる例の一つである。 

2014年3月6日木曜日

クローブ | 精油類を買うときには注意して!⑦

クローブ(Eugenia caryophyllata)油
 
クローブは、フトモモ科の木本で、これの3つの部分から精油を蒸留抽出する。すなわち、以下の各部分である。その部位によって、とれる精油の成分も効用も異なる。したがって購入時によく注意されたい。
 
① クローブ花芽油
② クローブ葉油
③ クローブ茎油
 
クローブの原産地
 マダガスカル、ザンジバル(タンザニアの沖合30キロにある島。世界一のクローブの産地。ココナッツ、カカオ、米もとれる)、コモロ(クローブ、バニラ、カカオ、コーヒー、サイザル麻などの産地)
 
クローブ油の採油部位による成分の差異(%で示す)
          クローブ花油   クローブ葉油   クローブ茎油
カリオフィレン    2〜12     15〜19    2.5〜3.5
オイゲノール     36〜95    77〜90    87〜95
アセトオイゲノール  11〜22    痕跡量      痕跡量
フムレン       0.5〜1.6     1.5〜2.5     0.3〜0.4
オイゲニルアセテート 6〜12     0.5〜10     2〜3
 
クローブ油の偽和・詐称について
 各種のクローブ油のうち、いちばん高価なのは、「クローブ花芽油」なので、花芽油と称して、ニセモノと知りながら葉油・茎油を売る人間がときどきいる。注意すること。
これに含まれるオイゲノールもカリオフィレンも「合成」したものがあるが、皮肉にもこうした「合成精油」は天然のものよりも値段が高くなってしまうケースがある。
 
効果
 クローブ花芽油とクローブ葉油とのどちらもかるい鎮痙作用がある。これはin vivoで、モルモットの回腸でテストされている。また、ラット、モルモット、ウサギの各器官において、またクローブ(茎・花芽)両油は、マウスの摘出した小腸に対して抗ヒスタミン作用、抗筋肉痙攣作用、パパベリン(パパベリンはアヘンに含まれる有毒アルカロイド。医療用)様鎮痙活性を示すことがわかっている。
 
抗菌作用は非常に強力(どの部分由来であるかを問わず、クローブ油は抗菌力が強い)。
クローブ油の抗菌力は、石炭酸の8.5倍も強力なことがわかっている。
 
抗真菌力は、対象となる真菌にもよるが、総じてやはり強力である。
クローブ花芽油・葉油には、いずれも強力な酸化防止作用がある。
 
クローブ花芽油・葉油は歯科治療において歯痛・削歯に際しての局部麻酔用にされる。
またクローブ葉・花芽油は、消化器の炎症を鎮め、駆風効果を示す。 

2014年2月27日木曜日

精油の化学⑫ フェノール類

フェノール類
  ・効果
     ① ー 強力な抗感染作用
     ② ー 殺菌・殺ウイルス作用
     ③ ー 殺真菌作用
     ④ ー 殺寄生虫作用
     ⑤ ー 免疫力刺激強化作用
     ⑥ ー 血圧上昇(昇圧)作用
     ⑦ ー 強壮作用
     ⑧ ー 体温上昇作用
     ⑨ ー 充血作用
 
 ◎注意
  フェノール類には、生化学的に危険な成分(肝毒性、皮膚焼灼〔しょうしゃく性など)をもつものがある。 
 
 ◎フェノール類を多く含有する精油類
  カシア(中国シナモン)(Cinnamomum cassia)油
   クスノキ科のこの木本の葉のついた小枝を蒸留抽出した精油。
   これには、フェノール類(0.5%)、2-ビニルフェノール(0.4%)、イソオイゲノール(1.7%)、カビコール(0.6%)、4-エチルグアヤコール(2%)…総計5〜6%
   が含有されている。皮膚焼灼性があるため5歳未満の小児に外用は禁忌。
  ユーカリ ポリブラクテア種(Eucalyptus polybractea cryptonifera)油
   フトモモ科の木本の葉から抽出する精油。テルペンフェノール類として、アウストラロール、カルバクロールを含む。
  クローブ(Eugenia caryophillata)油
   この木本の花芽を蒸留した精油。
   フェノール類としては、オイゲノール(70〜80%)、シスおよびトランスイソオイゲノール、カビコール(0.29%)、4-アリルフェノールを含有。
  オリガヌム コンパクトゥム種(Origanum compactum)油
   シソ科の草本オリガヌム(オリガナム、オレガノとも呼ぶ。いずれも英語名)の花の咲いた先端部分と葉とから蒸留抽出する精油。
   モノテルペンフェノール類を70〜80%も含む。その内訳はカルバクロール(主成分)、チモールである。
   皮膚焼灼性が強いので、皮膚への適用には要注意。
  オールスパイス(Pimenta dioica)油
   ジャマイカ原産のフトモモ科のこの木本の葉を蒸留した精油。
   フェノール類は、オイゲノール(70〜95%)、イソオイゲノール(6%)、カビコール(0.3%)。
   この果実は、香味料として有名で、完熟前に採取して天日で干したものを挽いて用いる。これは、クローブ、ナツメグ、シナモンを合わせたほどの香味があることから、オールスパイスと呼ばれる。
  ブラックペッパー(Piper nigrum)油
   コショウ科のつる性木本の果実から蒸留した精油。
   フェノールメチルエーテル類が(パラシメン-8-オールメチルエーテル、カルバクロールメチルエーテル)含まれる。
   この木は、インド南部の原産で、熱帯各地で栽培。むかしは黄金に匹敵するほど高く評価されたことは有名。果実はエンドウ豆大の液果。熟すると赤くなる。この未熟果を干したものがブラックペッパー。成熟果を果皮を除いて干したものをホワイトペッパーと称する。肉の臭みを消すのに古来重宝された。ペッパーは英語でpepper(ペッパー)、仏語でpoivre(ポワーヴル)といい、いずれもサンスクリット語の「ピッパリ」に由来する。属名のPiper(ピペール)も同じである。
  ウィンターセーボリー カルバクロールケモタイプ(Satureia montana ssp. montana carvacrolifera)油
   シソ科のこの草本を生乾きにしたものを蒸留してとる。
   近縁の植物にサマーセーボリー(Satureia hortensis)がある。これからも精油はとれる。いずれの精油も成分は似通っており、フェノール類としてカルバクロールを3〜67%含み、チモールを1〜49%含有する。
  タイム チモールケモタイプ(Thymus vulgaris thymoliferum)油
   シソ科のこの小低木の花の咲いた先端部分を蒸留して得る。フェノール分は、チモールケモタイプでチモールが32〜63%、カルバクロールケモタイプでチモールを1〜33%、カルバクロールで23〜44%。これと近縁のワイルドタイム(別名 セルピルム)油は、チモールを1〜16%、カルバクロールを21〜37%をそれぞれ含有。
  アジョワン(Trachyspermum ammi)油
   このセリ科の草本の成熟果を蒸留して得る。フェノール類としては、チモール(40〜48.5%)、カルバクロールを1.5〜6.8%含む。
 
 ◎主要なフェノール類
  アウストラロール    オイゲノール
  カルバクロール     チモール
  カビコール 

2014年2月20日木曜日

クラリセージ|精油類を買うときには注意して!⑥

クラリセージ(Salvia sclarea)油
 
 モロッコ、ロシアなどを原産地とするシソ科のこの小低木の、花の咲いた先端部分と葉との双方を、蒸留して抽出する精油。
 
 セージの類は、ほかにもいろいろあるが(観賞用のサルビア〔ヒゴロモソウなど〕もこの仲間だ)、このクラリセージは含有成分そのほかで、多種のサルビア属植物と、精油成分などに大きな差がある点に注意すること。これに近縁のセージ(Salvia officinalis)油は、よほど扱いに慣れないと危険なので、安全なクラリセージ油を用いる人が多い。
 
 ・主要成分(%で示す)
  リナリルアセテート    63〜74%
  リナロール        8〜28%
  カリオフィレン      1〜2%
  スクラレオール        0.8〜2%
  ゲルマクレンD      0.4〜4%
 
 クラリセージ油には、このほかにも微小成分が、いまわかっているだけでも250種以上含まれている。それらが相乗的に働いて、その特異な薬効を示すとともに、最初はなじめなくても、いちど好きになるとヤミツキになるような独特の香りを形成する。
 その微小成分のうち、主要なものとしては、ジヒドロラクトン、各種のエステル、γ-ラクトン、スパツレノール、イソスパツレノールなどがあげられる。
 
 ・この精油の偽和の問題
  クラリセージ油と称して売られている精油にも、偽和したものが多々ある。合成リナリルアセテートと合成したリナロールを添加したり、ラバンジン油をこっそり加えたり、俗にベルガモットミント(Mentha citrata)といわれるハーブから蒸留抽出した精油をこれでもかといわんばかりに入れた製品がひろく市販されている。こんなものに「薬効」は期待できない。十分に用心し、ダマされないで頂きたい。
 
 
 ・毒性
  ラットだとLD50値は5g/kg(経口)、ウサギの場合、>2g/kg(経皮)
  刺激性/感作性は、ヒトの皮膚に濃度8%で適用したが、これらはいずれも認められなかった。
  光毒性はない。
  なお、このクラリセージ油を外用・内用した後はアルコール飲料の摂取は禁物(ひどく悪酔いする)。
 
 ・効果
  ー 鎮痙作用
  ー かなり強力な抗菌作用、相当に強力な殺菌作用があり、そのスペクトラム(つまり有効性を示す範囲)はひろい。
  ー 抗真菌作用
  その他にも気分を明るく高める働きがあるとされる。マギー・ティスランドはこれに緊張を取り除き、官能性・肉欲性をおもてに出させる力があると言っている(マギーさん、女性として実体験があるのだろう)。
酸化防止作用は認められない。
 
 その他
  これには、C20のいわゆるセスキテルペノールのスクラレオールが含まれており、これのエストロゲン(女性ホルモンの1種)様作用がうんぬんされることが多いが、そのことをハッキリ医化学的・薬学的に厳密に立証したデータはない。大げさに騒ぐことはないといっておこう。 

2014年2月13日木曜日

髙山林太郎 緊急手記「ジャン・バルネ博士はロバート・ティスランドをどう見ていたか」

ジャン・バルネ博士は
  ロバート・ティスランドをどう見ていたか

 
髙山林太郎
 

 『アトミックな植物療法』としてのアロマテラピー

 
 ジャン・バルネ博士は、アロマテラピーを「アトミックな植物療法」と呼び、芳香植物のエッセンスを利用するという特殊な形態をとるものではあっても、これを植物療法のカテゴリーに入れて、その成分の作用機序を「あくまで科学的に」解明しようと努力した。
 しかし、それを狡猾にパクり、換骨奪胎(かんこつだったい)した英国のロバート・ティスランドは、バルネ博士の科学的精神を虐殺し、ホメオパシーだのバッチのフラワーレメディーだの星占いだのという、およそ科学性のカケラもないものにすりかえ、英米人の、また日本人のアロマテラピーに対する認識を強引におしゆがめてしまった。人びとのなかには、アロマテラピーをホメオパシー同様に「いかがわしいもの」とみるものが続出したのも当然だ。
 私は、これまでジャン・バルネ博士のロバート・ティスランドに対する思いをよく知らなかった。
 しかし、最近、晩年の博士のことをよく知っている人物からくわしい情報を得て、ただの少しばかり文才のあるチンピラヒッピーだとロバート・ティスランドのことを考えていた私は、自分の愚かさにあきれ果てている。
 
 

 両者を翻訳し、日本に広めた人間として


 ロバート・ティスランドは、こざかしい悪党だったのだ。おのれの金儲けのために、バルネ博士の科学的精神を裏切り、魂を悪魔に売ったのである。そして、英国のアロマテラピーの元祖づらをして、恬然(てんぜん)として恥を知らない下劣なさもしい男だった。
 
 そして、それを訳した私も、結果的にこの悪党の片棒をかつがされてしまった。二十九年前の、私がこの英国で歪曲された療法、あるいはそこに盛りこまれたホメオパシーそのほかの迷信性をよく知らない時点だったとはいえ、そんなことはいまさら何の弁解にもならない。私は自分に一切、免罪符などを与えるつもりはない。
 ジャン・バルネ博士は、自分が説きつづけた科学的アロマテラピーが、英国の教養もない迷信家どもに、金儲けに目がくらんだ連中に土足で踏みにじられ、引き裂かれるのを見て、どれほど悲しみ、心を傷つけられ、かつ怒っていたことか。
この両人の著書をそれぞれ英語・フランス語から訳した私には、誰よりも博士の悲しみと憤怒とが、心臓をえぐられるような痛みとともに、よくよくわかる。
 
 私は、フランスから泳いでも渡れる英国で訳出され刊行されたバルネ博士の原書がほとんど売れず、まったく人びとの話題にもならなかったことを、よく知っている。
 私は、ロバート・ティスランドの“The Art of Aromatherapy 『アロマテラピー:《芳香療法》の理論と実際』”を翻訳し、フレグランスジャーナル社から出す何年も前に、ジャン・バルネ博士の“AROMATHERAPIE : Traitement des maladies par les essences de plantes :ジャン・バルネ博士の植物芳香療法”を試訳していた。
 しかし、私がアロマテラピー書を出したフレグランスジャーナル社は、東販、日販(注:いずれも各出版社の出した本を一般の書店に卸す大手会社)といった取次店に口座をもたず、ダイレクトメールで新刊を人びとに紹介するしかない小出版社である。ここに、書店では売れない、また一般人にはおいそれと販売できないとわかっている、程度の高いバルネ博士の本を、慈善事業だと思って日本最初のアロマテラピー紹介書として刊行してほしいなどと、私にはどうしても同社の社長に頼むことはできなかった。
 そして、結果として、このホメオパシーだのバッチのフラワーエッセンスだの、はては占星術だのというものまでブチこんだ「英国式アロマテラピー」なるインチキだらけのアロマテラピーを日本中に蔓延させてしまい、各種のアロマテラピー協会などという金儲けばかりをめざしているとしか思えない諸団体を雨後のタケノコさながらに生えさせてしまった責任を、私がとらざるを得なくなったと考えている。
 

 もう一度認識していただきたいバルネ博士の植物芳香療法


 全国のみなさんから、こざかしい悪党、ロバート・ティスランドの「共犯者」として、私は弾劾され、罵倒されることを、ここに強く求める。そして、みなさんに深くお詫びするとともに、私は死ぬまでに、ジャン・バルネ博士の墓前にぬかずいて、心の底から許しを乞うつもりでいる。
 ろくに医学など知らぬルネ=モーリス・ガットフォセの着想した「アロマテラピー」を、懸命に医学としてのレールの上に、きちんとのせたジャン・バルネ博士の晩年の心情を察すると、私の胸は後悔の念で張り裂けんばかりに痛みに痛む。
 現代のアロマテラピーは、まさにこのジャン・バルネ博士からスタートした。ジャン・バルネ博士の著書『ジャン・バルネ博士の植物芳香療法』が絶版になって久しい今、このことを、ぜひ再認識して頂きたく、この一文を草した次第である。 

2014年2月6日木曜日

精油の化学⑪ オキシド類

オキシド類
  ・効果① ー 去痰作用
     ② ー 抗寄生虫作用
     ③ ー 気管支・肺疾患治癒作用
     ④ ー 粘液分解作用
     ⑤ ー うっ血除去作用
 
 ◎注意
  私たちがもっともよく精油の世界でであうオキシドといえば、ユーカリ類でおなじみの1,8-シネオールである。各種のオキシドは、それぞれの化学構造によって、おのおのに相当した特異的な作用を発揮する。この点に配慮すること。
 
 ◎オキシド類を多く含有する精油類
  ヘノポジ(別名 アメリカンワームシード、ケノポジ〔ウム〕、ワームシード、アメリカアリタソウ)(Chenopodium ambrosioides var. anthelminticum)油
   アカザ科の草本だが、日本などのアカザとは異なって毒草である。
   これはヨーロッパの庭園などによく雑草として生えている。私が英国のノーフォーク州のラベンダー園を見学したとき、ラベンダー園の園長は、「この大型の草がいたるところ(everywhere)に生えてやっかいでねぇ」といいながら、この草をひっこぬいていた。この草は毒草だが、むかしのヨーロッパ人は、これを人体に害を及ぼさぬ程度に浸剤・煎剤にして服用し、虫下しにしていた。ワームシードの”ワーム”は「腹のなかの回虫」の意味である。
  カルダモン(Elettaria cardamomum)油
   ショウガ科の草本(偽茎)。この種子から蒸留抽出する。テルペンオキシドとして、1,8-シネオールを40〜45%も含む。カルダモンは、インド・スリランカ・インドシナなどに野生。インド人、古代エジプト人、ローマ人などに香味料として、また薬品として使われた。これの精油が多くの人にヨーロッパで用いられるようになったのは、1540年代半ばごろからである。
  ユーカリ(Eucalyptus globulus)油
   フトモモ科の大高木で、オーストラリアとその周辺が原産地。しかし、現在日本で販売されているのはほとんどスペイン産ユーカリ(木はせいぜい高さ40メートルぐらいにしかならない。オーストラリアでは樹高が140メートル以上にもなる。ユーカリにはこのほかにもおよそ600種の種類がある。コアラがその葉を食べるのはそのうちたったの10数種類にすぎない)。globulus種のユーカリのなかのテルペンオキシド(1,8-シネオール)は、70〜75%に達する。
  ユーカリ ラディアータ種〔シネオールケモタイプ〕(Eucalyptus radiata ssp. radiata cineolifera)油
   ユーカリの1種で、葉を蒸留して得る。テルペンオキシドである1,8-シネオールの含量は62〜72%。そのほか、ウンベリエポキシシクロモノテルペン、カリオフィレンオキシドが含まれる。
  スパイクラベンダー(Lavandula spica〔latifolia〕)油
   シソ科のこの低木の花の咲いた先端部分を蒸留して得る精油。テルペンオキシド類として、1,8-シネオール(25〜38%)、カリオフィレンオキシド、シスおよびトランス-リナロールオキシド(それぞれ痕跡量〜25%および0.1〜1.5%を含む)。
  カユプテ(Melaleuca cajuputii)油
   フトモモ科のこの大木の葉を蒸留して抽出。テルペンオキシドの1,8-リナロールがこの主要成分。マレーシア、インド、中国などでむかしから家庭薬として、胃の障害、皮膚病などの万能薬的な存在とされてきた。これには、今の日本人がもっとも気にしている放射能から人体を保護する働きがあるらしい。今後の専門家たちのこの精油についての研究に期待するところ大。
  ローズマリー〔シネオールケモタイプ(Rosmarinus officinalis cineoliferum)油
   1,8-シネオールが主要成分。ベルベノンケモタイプ油は、1,8-シネオール含量が痕跡量ないし20%。
  ローズマリー ピラミダリス種(Rosmarinus pyramidalis)油
   1,8-シネオールの含量は多い。
  セージ ラワンドゥラエフォリア種(Salvia lavandulaefolia)油
   あまり入手は容易ではないが、このシソ科低木の花の咲いた先端部分を蒸留して抽出した精油も、テルペンオキシドの1,8-シネオール含量は32%と多い。
  スパニッシュマージョラム 〔シネオールケモタイプ(Thymus matrichinus cineoliferum)油
   1,8-シネオールの含有量は、55〜75%と多く、ほかにカリオフィレンオキシドも微量ながら含んでいる。
 
 ◎主要なオキシド類
  アスカリドール(ヘノポジ油に40〜80%も含まれ、これが強力な駆虫作用を発揮する)
  ビサボロールオキシド
  1,8-シネオール
  メントフラン
  ピペリトンオキシド
  サフロール 

2014年2月1日土曜日

ホワイトカンファー、ブラウンカンファー、イエローカンファー、ブルーカンファー(樟脳)|精油類を買うときには注意して!⑤

カンファー(Cinnamomum camphora)油

いまでこそ「カンファー(クスノキ)」という、あまり利用されなくなったこのクスノキ科の木の精油だが、江戸時代は、これが陶磁器や漆器(しっき)などとともに、オランダ語で「ヤーパン・カンフル(日本樟脳)」と称されて、対オランダ貿易品の花形の一つであった。これは薬品とされ、とくに心臓を強壮にする働きで有名。心臓病などで倒れた人を起死回生させる薬として、急いで「カンフル」注射を打ったなんていう表現はお聞きになったことがあるでしょう。
 
オランダに輸出されたといっても、この精油そのものを船積みしたわけではない。輸出されたのはC10H16Oという式で表わされるこの精油を冷却すると析出してくる無色透明の光沢のある結晶体すなわち樟脳で、ツーンとする特異な芳香を発する。
 
これは水には不溶、アルコール、エーテルなどに溶ける。
無煙火薬、後世のセルロイド(ニトロセルロースとカンファーとをアルコールを加えて加熱成型したプラスチックの一種)の原料になり、防虫剤、防臭剤、医薬としてもひろく活用された。
 
むかしは今日のように石油由来のプラスチック製品などなかったので、鉛筆箱、定規などの文房具によくセルロイドが用いられた。幼い私はこわれたセルロイドの玩具などを削って、アルミ製の鉛筆キャップにつめ、末端を潰し、それをストーブの上などに置いたり、ロウソクの炎で加熱したりした。すると、そのキャップは後部から白い煙を勢いよく出して、空中を飛翔(ひしょう)したものだった。糸川博士らの「ペンシルロケット(1955年)」より7〜8年も前の話ですよ。
 
失礼、うっかり私自身のむかしの話になってしまった。
カンファー(クスノキ)の原産地は中国。いまでは中国のほか、日本、台湾などにもこの木が(日本では関東以南)生えていて、カンファー油の生産も規模も小さくなったが、今も続けられている。
 
原油は結晶カンファーを含んでいる。これをフィルタープレッシングというプロセスで除去する。ついで、これをヴァキュームレクティファイイング(真空精留)すると、最高品質の①ホワイトカンファー油に加えて、以下②、③、④の各留分が得られる。
 
①ホワイトカンファー油
 無色から淡黄色。分留工程で沸点は低く、比重は小(つまり軽い)。
 フレッシュでシャープなしみとおるような香り。アロマテラピーではもっぱらこれが使用される。これには、有毒なサフロールは含まれていない。
②ブラウンカンファー油
 これは少なくとも80%のサフロールを含む。サフロールはきわめて毒性が強い成分だ。発ガン性、神経毒性を有する。ウサギにおいて、サフロールの最小致死量は10g/kg(経口)。マウスに胃管注入したケースでは肝臓に発ガンがみられた。米国では1961年に、サフロールを食品に添加することを禁じている。
これはサッサフラス油と同様の特徴的な香りが特色である。
③イエローカンファー油
 これは前記のブラウンカンファー油からサフロール分を抜いたものだが、サッサフラス臭が強い。これも場合によりアロマテラピーで用いられることがあるが、あまり感心できない。およしなさい。
④ブルーカンファー油
 これは、比重のもっとも大きな精油で、各種セスキテルペンを含む。これもアロマテラピーではめったに用いない。
 
 
 ・主要成分(%で示す) <これはホワイトカンファーの場合>
  1,8-シネオール     30.2%
  α-ピネン        6.8%
  カンファー       50.8%
  テルピネオール     2.1%
  セスキテルペン類    各種(原料植物の産地により変動がある)
 
 ・この精油の偽和の問題
  この精油は価格も安いため、あまり偽和されることはないと考えてよい。ただ、この精油の成分は、100%天然とはいっても、原木の産地によって大きな差があることに留意していただきたい。
 
 ・毒性
  LD50値(半数致死量)
   ホワイトカンファー ラットにおいて、>5ml/kg(経口)、ウサギにおいて、>5ml/kg(経皮)
   イエローカンファー ラットにおいて、4g/kg(経口)、ウサギにおいて、>5g/kg(経皮) 
   ブラウンカンファー ラットにおいて、2.5ml/kg(経口)、ウサギにおいて、>4ml/kg(経皮) 
 
  刺激性/感作性は、ホワイトの場合、ヒトでは濃度20%、イエローでは濃度4%で、ブラウンだと濃度4%でそれぞれ認められない。
  光毒性は、いっさいない。

 

 ・効果
  ー 鎮痙作用(強力) 小腸の蠕動運動の活性化作用。モルモットの回腸におけるin vivoでの観察結果より。また、イヌの小腸でもその蠕動運動を強力にし、その律動性を向上させた。
  ー 抗菌作用 ホワイトカンファーはさまざまな種類の細菌にたいして強力な殺菌力を示す。
  ー 抗真菌作用 ホワイトは、多くの真菌に有効。
  ー その他の作用 キャリヤーで稀釈して、鼻腔に塗布して鼻づまりに用いたり、筋肉組織にすりこんで血流をよくして老廃物の除去を促したりすることはひろく行われている。
 
30年ほど前に、ジャン・バルネ博士の著書を読んだとき、博士が日本樟脳油の毒性・危険性を強く訴えていたことを思いだす。
博士の見解には異議もあるが、たしかに小児や妊婦などは、ホワイトカンファーといっても、これを多用しないほうがよさそうである。